【非住宅木造建築 第一章】 一級建築士から見た、木造建築の可能性 ― 脱炭素・SDGs
非住宅木造建築 第一章 一級建築士から見た、木造建築の可能性
「なぜ今、『非住宅木造建築』なのか」
「木造建築」と聞くと、多くの方がまず思い浮かべるのは、一戸建て住宅ではないでしょうか。
しかし今、木造建築の可能性は住宅の枠を大きく超えて来ています。
事務所、店舗、福祉施設、保育園、学校、クリニック、ホテル、共同住宅、そして中大規模建築へ。
これまで鉄骨造やRC造で建てることが一般的だった非住宅建築においても、「木造」という選択肢が現実的になってきました。
私は一級建築士として、木造だけでなく鉄骨造、RC造を含め、さまざまな建築に携わってきました。
ですから、「これからは何でも木造にすればいい」と考えているわけではありません。
木造、鉄骨造、RC造には、それぞれに長所と適性があります。
建物の用途、規模、必要な空間、構造、耐火性能、地盤、工期、そして予算。
これらを総合的に比較し、その建物に最も適した構造を選ぶことが一級建築士の仕事だと考えています。
そのうえで、「これまで当たり前のように鉄骨造やRC造で計画していた建物の中にも、木造で建てることで新しい価値を生み出せるものがかなりある」と感じています。
その背景には、木造技術の進歩だけではなく、CO₂削減、脱炭素、SDGs、国産材・地域材の活用、補助制度、そして建築コストの合理化があります。
なぜ今、「非住宅木造」なのか
日本は国土の約3分の2を森林が占める、世界有数の森林国です。
戦後に植林された杉や檜などの人工林の多くが利用期を迎えています。
森林を健全に維持するためには、木を植えるだけでは十分ではありません。
「伐る → 使う → 植える → 育てる」
という森林資源の循環が必要です。
そのためには住宅だけでなく、これまで木造率が低かった店舗、事務所、学校、工場、福祉施設などの非住宅建築で木材を使っていくことが重要になります。
国も大きく方向転換しています。
2021年の法律改正によって、木材利用促進の対象は公共建築物中心から、民間を含む**「建築物一般」へ拡大**されました。
現在、政府は基本方針に基づき、建築物への木材利用を進めています。
つまり非住宅木造は一時的な流行ではありません。
脱炭素政策、森林政策、そして地域経済政策にもつながる国の大きな方向性なのです。
木造建築はCO₂を「建物の中に貯める」
木造建築を考えるうえで、重要なのがCO₂です。
樹木は成長する過程で大気中のCO₂を吸収し、炭素として蓄えます。
伐採された後も、その木材を建物として長期間利用することで、炭素を建物の中に貯蔵し続けることができます。
林野庁ではこれを**「都市等における第2の森林づくり」**と位置づけています。
木材利用による炭素貯蔵量を「見える化」するガイドラインまで整備されています。
これから建築に求められるのは、「何㎡の建物を建てるか」「坪単価はいくらか」だけではありません。
「この建物を建てることで、環境にどのような価値を残せるのか」
という視点も必要になってくると私は考えています。
SDGsへの貢献を「建物そのもの」で表現する
地域の木を使う。森林資源を循環させる。建物の中に炭素を長期間貯蔵する。
そして、地域の林業や製材業を支える。
非住宅木造は、SDGsや脱炭素への取り組みを、単なる言葉ではなく**「建物そのもの」で表現できる建築**でもあります。
店舗や事務所、福祉施設、教育施設、ホテルなど、多くの人が利用する建物であれば、
「なぜ、この建物を木造で建てたのか」
という理由そのものが、事業者の環境や地域に対する姿勢を伝えるメッセージになります。
国・県も非住宅木造を後押ししている
非住宅木造を検討するうえで、ぜひ確認していただきたいのが補助制度です。
2026年度も林野庁は、国や関係機関による「建築物の木造化・木質化に活用可能な補助事業・制度等一覧」を公表しています。
建物用途や事業内容によって対象となる制度は異なりますが、重要なのは、
建物を設計してから補助金を探すのではなく、企画・基本設計の段階から補助制度を調べること。です。
鹿児島県でも2026年度、**「みんなでつくる『かごしま木のまち』推進事業」**によって、非住宅建築物等の木造化・木質化を支援しています。
対象となる場合、木造化・木質化に伴う掛かり増し経費について、2分の1以内、1事業主体あたり上限500万円の補助制度があります。
もちろん、協定締結をはじめ対象者や建物、使用木材、申請時期などの条件があります。
だからこそ、設計の早い段階で確認することが大切なのです。
木造は本当にコストを抑えられるのか
「木造にすると建築費は安くなるのですか?」よく聞かれる質問です。
私は、「木造なら必ず安い」という説明は正しくないと思っています。
大断面集成材や特殊な耐火部材を多用し、大スパンを木造だけで実現しようとすれば、当然コストは上がります。
一方で、低層の事務所、店舗、福祉施設、クリニックなどでは、住宅建築で普及している一般流通材やプレカット技術を活用し、木造に適したスパンや耐力壁配置を計画する。また木造トラス構造で大スパンを構成する事でコストを合理化できる可能性があります。
しかし、木造のコストメリットを考えるうえで、もう一つ重要なことがあります。
それが、**「建物の軽さ」**です。
RC造・鉄骨造より軽い。そのメリットは「地面の下」にもある
木造は一般的に、RC造や鉄骨造と比較して建物重量を軽くすることができます。
これは構造上、大きなメリットになります。
建物が軽ければ、基礎や地盤に伝わる荷重も小さくなるため、地盤条件や建物規模によっては、
基礎を合理化できる。
コンクリートや鉄筋の使用量を抑えられる。
地盤改良を軽減できる。
杭の本数や杭径、長さなどを合理化できる可能性がある。
というメリットが生まれます。
特に軟弱地盤では、建物重量が杭・地盤改良費に大きく影響することがあります。
つまり、構造を比較するとき、
「上屋の木造の坪単価はいくら?」だけで判断してはいけません。
私が重要だと考えるのは、
上部構造+基礎+地盤改良+杭工事まで含めた「建物全体の総工事費」で比較すること。
目に見える柱や梁だけでなく、地面の下まで含めて比較すると、木造の経済性が見えてきます。
「木造は火に弱い」――法律も技術も変わってきた
非住宅木造の普及を妨げてきた大きな要因の一つが、耐火・防火への不安でした。
「木は燃えるから、大きな建物には使えない」というイメージを持たれている方も多いと思います。
もちろん木材は可燃材料です。
しかし、「木造だから耐火建築物はできない」という時代ではありません。
耐火被覆、燃えしろ設計、耐火木質部材などの技術が進歩するとともに、建築基準法も段階的に改正されてきました。
2022年の建築基準法改正では、中大規模建築物の木造化を促進するため、防火規定がさらに合理化されました。
現在では、3,000㎡を超える大規模木造建築物でも一定の条件を満たせば、木材を「あらわし」にした設計が可能となる仕組みが導入されるなど、中大規模建築物に木を使うための選択肢が広がっています。
さらに階数に応じた耐火性能についても合理化が進められています。
大切なのは、「木造だから無理」と最初から除外するのではなく、現在の法律と技術で、どこまで木造化できるのかを検討すること。だと思います。
鹿児島だからこそ、木造で建てる意味がある
私が特に可能性を感じているのが、鹿児島で非住宅木造に取り組むことです。
鹿児島をはじめ九州には豊富な森林資源があります。
地域には、山を育てる人がいる。木を伐る人がいる。製材する人がいる。木材を加工する人がいる。
設計する人がいる。そして木造建築をつくる職人がいる。地域の木を地域の建物に使えば、
林業 → 製材 → 木材加工 → 設計 → 建設 → 地域雇用
という地域経済の循環を生み出すことができます。
建物を一棟建てることが、地域の森林を育て、地域産業を支え、次の世代の仕事をつくる。
これは地方における非住宅木造の大きな価値だと思います。
「木で建てる」から「木だから建てる」へ
私はゼネコン出身として、木造だけを推奨するつもりはありません。
木造、鉄骨造、RC造。それぞれの特徴を理解し、建築費、工期、構造、耐震性、耐火性、地盤、維持管理、CO₂排出量、補助制度まで比較する。
そのうえで、「この建物なら木造が最も合理的だ」という答えを出すことが重要です。
CO₂を削減する。SDGsに貢献する。地域の森林を守る。地域経済を循環させる。補助制度を活用する。
建物を軽くして基礎・杭工事を合理化する。
そして、木だからこそ生まれる美しく心地よい空間をつくる。こうして考えていくと、
「鉄骨造でも建てられるけれど木造でも建てられる」から、「木造だから、この建物を建てたい」へ。
建築に対する考え方そのものが変わってきます。
住宅で培われてきた日本の木造技術を、事務所、店舗、福祉施設、教育施設、クリニック、ホテル、共同住宅、そして中大規模建築へ。
私は、非住宅木造はこれからの日本、そして鹿児島の建築に大きな可能性を持っていると考えています。
私たちベルハウジングも、これまで培ってきた木造の設計・施工技術を生かし、鹿児島の木と地域の力を生かした「これからの非住宅木造建築」に挑戦していきます。
(株)ベルハウジング 一級建築士・一級建築施工管理技士 松田英之
国・鹿児島県の関連情報
非住宅木造を検討される方は、国・鹿児島県の最新情報もご確認ください。
林野庁|建築物における木材の利用の促進に関する基本方針
国がなぜ民間を含む建築物全体で木材利用を進めているのか、その基本的な考え方がまとめられています。
林野庁|建築物の木造化・木質化に活用可能な補助事業・制度等一覧
2026年度の国や関係機関による補助事業・支援制度がまとめられています。
林野庁|建築物に利用した木材に係る炭素貯蔵量の表示に関するガイドライン
建物に使用した木材による炭素貯蔵量を「見える化」する考え方です。
国土交通省|中大規模建築物の木造化を促進する防火規定の合理化
木造建築の耐火・防火規制がどのように変わってきたのか確認できます。
鹿児島県|みんなでつくる「かごしま木のまち」推進事業
非住宅建築物等の木造化・木質化に対する鹿児島県の支援制度です。
