住宅設計編 第一章 間取りを描く前に知っておきたい。「CAR&TREE」から始める理由
間取りを描く前に知っておきたい。私が住宅設計を「CAR&TREE」から始める理由
住宅の設計を始めるとき、多くの方は最初に「間取り」を思い浮かべます。
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「LDKは何畳ほしい」
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「子ども部屋は二つ必要」
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「キッチンの横に収納がほしい」
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「洗濯が楽になる家事動線にしたい」
どれも家づくりにとって大切な要望です。しかし、私は最初から間取りを描くことはしません。なぜなら、住宅は「部屋を並べただけの箱」ではないからです。
どれほど使いやすそうな間取りができても、敷地に対する建物の置き方(配置計画)を間違えると、日当たりが悪くなったり、隣家からの視線が気になったり、車の出し入れがしにくくなったりします。
庭が余った場所につくられ、リビングの窓を開けても気持ちのよい景色が見えない。玄関までの動線が窮屈で、毎日家に帰るたびに小さなストレスを感じる――。
そうなってしまうと、間取りだけを後から修正しても、根本的な解決にはなりません。だから私は、住宅設計を「CAR&TREE(車と緑)」から始めます。車と樹木を最初に配置し、そこからアプローチ、中間領域、建物のベースを決めていく。それが私の設計の基本です。
1. 最初に「CAR(車)」を置く:暮らしやすさを左右する動線計画
CARとは、敷地の中における「車の配置」です。
ここ鹿児島での暮らしを考えると、車は日常生活に欠かせない相棒です。通勤、買い物、子どもの送迎、休日のお出かけなど、ほぼ毎日使うものですから、車の配置は単なる「駐車スペースの確保」にとどまりません。
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どの方向から敷地に入り、どのように車を停め、道路へ出るのか?
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雨の日、家族が濡れずに玄関へ行けるか?
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重い荷物を持ったまま、無理なく室内へ入れるか?
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来客用の駐車スペースはどこに確保するか?
こうした一つひとつの計画が、毎日の暮らしやすさを大きく左右します。
車の配置に無理があると、「何度も切り返さなければならない」「道路へ出るときに見通しが悪い」「玄関前がいつも車で埋まり、家の表情が見えない」といった小さな不便が毎日積み重なります。一日一回の小さなストレスでも、10年、20年と続けば大きな負担になります。だからこそ私は、建物より先に車の動き(動線)を考えます。
駐車場は敷地の余った場所につくるものではありません。建物、庭、玄関、道路をつなぐ、配置計画の重要な主役なのです。
2. 次に「TREE(木)」を置く:ウチとソトをつなぐ、家族の居場所
車の位置が見えてきたら、次に一本の象徴となる木(TREE)を置きます。
なぜ、建物より先に木を考えるのでしょうか。それは、住宅の豊かさは建物の中(室内)だけで完結するものではないからです。
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窓の向こうに心地よい緑が見える
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そよ風で葉がさらさらと揺れる
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朝の光が枝葉の間から柔らかく差し込む
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季節によって色や表情が変わる
一本の木があるだけで、室内から見える景色は劇的に変わります。木は外構の「飾り」ではありません。室内の居場所をつくり、窓の向きを決め、直射日光を和らげ、外からの視線を遮る(目隠し)、住宅設計のとても大切な要素です。
私は敷地を見ながら、「どこに木があると最も美しいか」を考えます。道路からの見え方、玄関へ向かうアプローチでの見え方、そしてリビングやダイニングで寛いでいるときに見える位置。
敷地の中で一番気持ちのよい場所を見つけ、そこに木を置く。すると、自然とその木に向かって窓を開けたくなり、窓の近くに椅子を置きたくなります。つまり、TREEを決めることは、庭を決めることではなく、家族がどこで過ごし、どのような時間を感じるのかを決めることなのです。
3. 敷地には、それぞれ違う「土地の答え」がある
住宅設計において、すべての土地に当てはまる「一つの正解」はありません。 「南側道路だから、南に大きな窓を設ければよい」とは限らないのです。南側に隣家が迫っている場合もあれば、西側に美しい景色が広がっている場合もあります。
道路の位置、方位、土地の高低差、隣家の窓の位置、周囲の建物、風の通り道、遠くに見える山や桜島、空の広がり――。敷地には、それぞれ異なる特徴があります。
私は設計を始める前に、まず土地をじっくりと観察します。朝と夕方での光の入り方の変化、季節による太陽の高さ、風の抜ける方向や台風時の風当たり。見たい景色と、逆に隠したい景色。
大切なのは、敷地に対して自分たちの都合を一方的に押しつけるのではなく、土地が持っているポテンシャル(良さ)を見つけること。私はこれを「敷地を読み解く」と表現しています。土地の声を聞くように、以下の問いを掘り下げていきます。
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「この家は、敷地のどこに建つべきか」
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「どちらを向くべきか」
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「どこを開き、どこを閉じるべきか」
4. 太陽とは喧嘩をしない:鹿児島の夏を乗り切るパッシブデザイン
配置計画において、太陽との付き合い方は極めて重要です。私はよく、お客様に「太陽とは喧嘩をしない」とお話しします。
太陽の光は、冬には室内を暖めてくれる大切な自然エネルギー(パッシブ暖房)ですが、鹿児島の夏の日差しは非常に強く、そのまま室内に入れると熱中症やエアコン負荷の原因になります。そのため、季節に合わせて上手に日射をコントロールする必要があります。
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冬の低い太陽: 室内へたっぷり取り込む
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夏の高い太陽: 深い軒や庇(ひさし)で遮る
窓の大きさだけでなく、方位、軒の深さ、窓の高さ、そして植栽(夏に葉が茂り、冬に落葉する落葉樹など)の位置を一体でデザインします。光はただ明るければよいものではありません。朝の柔らかい光、壁に反射する間接的な光、軒下から差し込む落ち着いた光など、光の取り込み方次第で、住まいの居心地は大きく変わります。
5. CARとTREEから「アプローチ」が決まる
車と木の位置が決まると、道路から玄関までの「アプローチ」が自然と見えてきます。アプローチは、単に人が移動するための通路ではありません。外の社会から、自分たちのプライベートな暮らしへ気持ちを切り替えるための「余白の時間」です。
車を降りて、植栽のそばを通る。季節の花や木の香りを感じる。玄関の灯りが見え、「家に帰ってきた」とホッとする。ほんの数秒のことかもしれませんが、そのゆとりが毎日の暮らしを豊かにします。
玄関が道路から丸見えになるのを防ぐため、植栽や壁によって少し視線をずらす。直線的に向かうのではなく、わずかにクランク(曲がりながら)させて建物へ近づく。そうすることで、限られた敷地でも奥行きが生まれます。「緑のトンネルをくぐった先に『おかえり』の声が聞こえる」ようなアプローチは、家路を特別なものにしてくれます。
建物の美しさは、建物単体では完成しません。建物、車、木、アプローチ、そして夜の照明が一体となって、初めて美しい佇まい(街並み)が生まれるのです。
6. TREEに向かって「中間領域」をつくる
木の位置が決まったら、その木に向かって建物を開き、室内と庭の間に「中間領域」をつくります。 中間領域とは、深い軒の下、縁側、ウッドデッキ、土間、テラスなど、完全な室内でも完全な屋外でもない「あいまいな場所」のことです。
日本の伝統的な住まいには、昔から「縁側」という美しい中間領域がありました。縁側は、室内と庭をつなぎ、夏の強い日差しや雨を受け止め、ご近所さんや家族が腰掛けるコミュニケーションの場でもありました。
現代の住宅でも、この中間領域は暮らしを圧倒的に豊かにします。
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窓を開けると、リビングとデッキがフラットにつながる広がり感
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深い軒の下で、日差しを気にせず子どもたちが遊ぶ風景
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雨の日でも窓を開け、外の心地よい空気を感じられる贅沢
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休日に椅子を出し、木を眺めながらコーヒーを飲む時間
中間領域があることで、実際の延床面積以上の開放感が生まれます。ただ大きな窓を設けるだけでは、外と中はつながりません。窓の先に軒下があり、その先に木や庭があり、さらに空へと視線が抜ける。この「連続性」が、住まいに心地よい奥行きを与えてくれます。
7. 建物の形は「シンプル」が一番:暮らしと構造のベース
CAR、TREE、アプローチ、中間領域の輪郭が見えてきて、ようやく建物の基本となる形を置きます。私はこれを「ベースとなる箱を置く」と表現しています。
最初から複雑な凹凸をつくらず、まずは構造的に素直な四角いベース(総二階に近い形)を考えます。
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柱や梁(はり)が無理なく組めるか?
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屋根を素直に(雨漏りリスクを少なく)掛けられるか?
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耐力壁(地震に対抗する壁)をバランスよく配置できるか?
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将来のライフスタイルの変化に応じて、間取り変更しやすいか?
住宅の骨格(構造)がシンプルであればあるほど、家は地震に強く、施工もしやすくなります。無理な構造補強や複雑な屋根形状が減るため、建築費のコストダウンや将来のメンテナンス費用の軽減にも直結します。
この頑丈でシンプルなベースに、玄関や中間領域など、必要な部分だけ「下屋(げや:平屋部分の屋根)」を加えて重心を低く整えます。難しい奇抜な形をつくらなくても、配置、屋根の架け方、軒の出、窓のライン、そして植栽を丁寧に整えれば、住宅は十分に美しくなります。
8. 間取りは最後に考える
建物の配置とシンプルな骨格が決まってから、ようやくご家族の具体的な要望を「間取り」に落とし込んでいきます。
家族が集まるリビングやダイニングは、敷地の中で最も環境が良い場所(木が見え、光が入り、心地よい風が抜ける特等席)に配置します。「余った場所にリビングを置く」ようなことは絶対にしません。長く過ごすメインの空間を最初にしっかりと確保したうえで、家事動線、収納、個室、水回りをパズルのように整理していきます。
お客様の要望は、すべて丁寧にヒアリングします。しかし、言われた部屋をそのまま図面に並べるだけでは、プロの設計とはいえません。
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「なぜ、その部屋(広さ)が必要なのか?」
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「そこで家族とどのように過ごしたいのか?」
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「一つの空間を、他の用途と兼ねることはできないか?」
ご要望の奥にある「本当の暮らしの願い」を読み解き、お客様が想像していた以上の心地よさを提案することこそが、設計者である私の役割だと考えています。
まとめ:配置計画が、住まいの価値を決める
良い住宅とは、単に床面積が広い家でも、豪華な高級設備が付いた家でもありません。
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朝起きたときに、窓からお気に入りの庭の木が見えること
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家族が自然と、一番気持ちのよい場所に集まってくること
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車を停め、緑豊かなアプローチを通るたびに豊かな気持ちになれること
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深い軒の下で、鹿児島の季節の風を五感で感じられること
そうした何気ない日常の心地よい積み重ねこそが、本当の「暮らしの豊かさ」になります。
「CAR&TREEから始める設計」は、単なる設計の手順ではありません。 車、木、建物、庭をバラバラに捉えるのではなく、敷地全体を一つの心地よい「住環境」として一体で考えるアプローチです。
間取りを描く前に、土地の中に一番良い場所を見つける。その場所に木を置き、家族の居場所をつくり、建物をそっと寄り添わせる。私はこの順番を何よりも大切にしています。
家づくりとは、住宅という「箱」をつくることではありません。その土地にしかない光や風、景色を受け止めながら、家族が長く幸せに暮らせる「居場所」をつくること。それが、私の住宅設計の始まりです。
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一級建築士 松田英之
